カテゴリー別アーカイブ: 猫の日

ハナの日

2016年1月5日(火)
ハナが永眠しました。
hanaとうとう最後の子供が旅立ちました。
今年、22歳の大往生です。人間の年齢だと104歳くらいでしょうか。
22年もの間一緒に過ごしたハナちゃん。最後は私が仕事から帰ってくるのを待っていてくれた。私が「ハナ、ただいま」と声をかけたときカワイイ顔をして口を開いて返事をしてくれた。「あれ?元気そうだね」と声をかけると容態が急変。30分も経たないうちに逝ってしまった。最後の力を振り絞ってじっと目を見開いて私の帰りを待っていたのだという。まるで目を閉じてしまうと、永遠に目覚めないとわかっていたかのようだった。と姉が教えてくれた。
私の最後の子供、ハナありがとうね。

タロの日

2013年6月21日(金)
タロが永眠しました。
初七日が過ぎたので。
タロが天国に旅立ちました。
鼻のリンパ腫と診断されてから1年5ヶ月。最後まで頑張ったね。

息をすると鼻がブヒーブヒー鳴って「あ、おタロが来た!」ってすぐにわかったよ。鼻に腫瘍があるせいで自分でごはんを食べられなくなって一時は痩せて焦ったけれど、食べさせてあげたらみるみる復活して最後まで頑張ってたべたからふっくらしたままでいられたね。

18年前、近所の人が家の前に仔猫を3匹捨てているのを姉が発見して、連れて帰るように言ったら「じゃあ、保健所に連れて行くから」と言って近所のババアは保健所に連絡した。
それを聞いて、私が面倒をみるからと姉を説得して仔猫3匹を引き取りに行った。運良く保健所が休みだったので市役所に預けられていた。
その1匹がタロだった。タロの姉と思われるハナ、友人が引き取ってくれたナナちゃん。3姉弟で一番先に逝かせてしまってごめんね。
お前は捨て子だったんだよって言ってごめんね。タロは一番カワイイ子供だったよ、病気にさせてしまってごめんね。
大好きなタロ一緒にいてくれてありがとうね幸せだったよ。
タロは幸せだったかい。

マンピーの日

2011年4月26日(火)
マンピーが永眠しました。
大好きなマンピーがシンの後を追うよに逝ってしまった。

マンは事故の後遺症で自力で排便ができなかった。20年近くマンのうんちを出すのが使命だったから、私の役目は終わった感じがしてポッカリ穴が空いてしまった。暫く書けなかったけれど、タロが逝ってしまったのでくぎりをつける意味で書く。

マンのうんちを出すのは試行錯誤の連続だった。私も若いころはうんちを出してやることが面倒に思ったこともあったが、マンがじっと我慢したり死にそうになったりしてハッと気付いた。私がマンピーのうんちを出してあげなければマンピーは死んでしまうのだ。それからは一生懸命マンと共にうんちと格闘した(これは、お笑いではありません)。
マンが老猫になってからは、イチジク浣腸を使うと体内の電解質のバランスが崩れるためグッタリするようになり、イチジク浣腸が使用できなくなった。
それまでお世話になったイチジク浣腸とお別れです。
そこで、姉と考えたのがジェルだ。潤滑剤のジェルを思いつき、精製水と片栗粉に熱湯を入れて特製ジェルを作ってグリセリンを少量塗って出す方法だ。
これが、すんなり2〜3分で出るようになった。もっと早くにそうしてやればマンも楽だったのにと悔やみもしたが、今だからこそ思いついたのだと自分に言い聞かせうんちを出したものです。
マンピーとは強い絆ができていたと思ったけれど、シンが逝ってしまってマンの元気がなくなり食べなくなりと早かった。シンの後を追って逝ってしまった。
マンはシンと仲良しだったからシンとの絆の方が強かったのかもしれないけれど、
大好きなマンピー、みんな家族だからね。

シンの日

2011年3月28日(月)
シンが永眠しました。
大地震の後、ストレスのせいか食欲が無くなり、日に日に弱り、
あっと言う間に逝ってしまった。
姉ゴが溺愛していて、私にはあまり懐かなかったがもっと可愛がってあげればと考えてしまう。
20年近く前、うどん屋の前で姉ゴの前に飛び出してきて、じ〜と見つめ合いうちの仔になったあの日。
飢え死に寸前のガリガリに痩せた仔猫だったシンキチ。
病院で検査をしたら、横っ腹には人間に蹴られたのか傷や打撲があり、うんちにゴミが混ざっていたので下剤を飲ませると、ビニール袋やらゴムやら…ゴミ溜めをあさって生き延びてきたことが見てとれた。
おまけに、栄養失調か怪我が原因かわからないが片目は白内障を患っていた。
そんな仔と20年近くも一緒に居られたのだから想い出もたくさんある。
マンピーがやってきたとき、ボスの風格が漂うマンピーに逸早くゴロリンとお腹を見せたシン。以来、兄弟のように仲良しだった二人。
シンの亡骸を見つめるマンピーが寂しそうだ。
突然だったけれど、頑張ったねシン。
のり君やビーちゃん、みんなのところに迷わずに行くんだよ。

のりくんの日

2009年12月20日(日)
のりくんが永眠しました。

P100016049日が過ぎたので。
賢くて可愛い子だったのに、重い病気で最後の一週間は壮絶だった。
もう他の子は最後の時がきたら病院へは連れて行かず、痛いおもいをせずに静かに旅立てるように看病しようと決めた。一番最後まで残るはずだったのりくんが先に旅立ってしまった。

へんな顔って言ってごめんね。ただのトラですって言ってごめんよ。口が臭いって言ってごめんよ。もっと一緒にごろ寝したかったね。

まだ逝きたくないって頑張ってたのに、助けてあげられなくてごめんね。一緒にいてくれてありがとう。
また逢おうね。

ビーちゃんの日

2007年2月16日(金)
うちの猫の中で最年長のビーちゃん(本名:ビコだったらしい…)が逝きました。
20年近く生きて、自力で排便ができないことを除けば病気一つせず強くて可愛い子でした。

元気だったのに突然のことです。
もしかしたら15日に逝ってしまったのかもしれない。仕事で徹夜明けのことで、独りで逝かせてしまったことに悔やんでも悔やみきれず、後悔でいっぱいだ。きっと帰りを待っていたんだろうなと思うと、お別れもせずに最後に寂しい思いをさせてしまって可哀相なことをしてしまった。上京してからずっと一緒にいた家族なのに。
17日(土)に火葬。土曜日、仕事は休まずに済んだ。
最後まで親孝行な子だなと思う。
日々、ビーちゃんの可愛かったことを思い出して祈る。

自分がしてしまったことを忘れないように。
2007年2月26日